月の記録 第24話


このような辺境近くに、皇族が来るという事はまずあり得ない。
だから、普段は皇族と接することのない辺境の下位貴族たちが集まった夜会は、たいへん賑やかな物だった。年頃の娘を持つ貴族たちは、ルルーシュへお目通りをと、ひっきりなしにやってきて、皇子が駄目なら皇帝の騎士にと、ジノとスザクもまた若い女性たちに囲まれていた。
きらびやかな衣装を身に纏った娘たちは美しく、若い貴族の子息達は華やかな彼女たちに目を奪われていた・・・が、それも長くは続かなかった。
足に傷を負っているルルーシュは、会の始まりからずっと主賓の席に腰を下ろしていたため、ひっきりなしに押しかける女性達に隠れ、その姿が見えなかったが、女性たちの輪が途切れ、その姿が露わになると、皆の視線が皇子に向いた。
錦糸のような艶やかな黒髪がさらりと流れ、その肌は透き通るように白く、恐ろしいほど整った小さな顔には、宝石のような輝きを持つ紫の瞳が置かれていた。
黒くて地味な皇族服だが、きらびやかで派手なドレスと、じゃらじゃらと煩いほどの宝石を身に纏った女性たちよりもはるかに美しかった。皇族の中で最も美しいとされているマリアンヌ皇妃。その子息は、性格と才能に問題はあれど、その美しさはマリアンヌ皇妃を上回るという噂は耳にしていたが、ここまでとは思わなかっただろう。
女性たちは気合を入れて今日に望んでいたが、いくら美しく着飾っても、それを上回る美しさの相手を前にしたら、その気合も鎮火する。それでも、この場にいる女性の中では自分が一番だと気持ちをふるい起し、女性たちはルルーシュに挑む。
そんな姿を傍で見ていて、楽しいはずもない。
一番綺麗なのはルルーシュだが、そのルルーシュに自分の美しさをアピールし、もしルルーシュに気に入られれば、あるいは今宵気まぐれで御手つきになれば、それだけでも妻の座を得られる可能性はぐんと上がる。皇族の仲間入りをするチャンスなのだ。何より、この美しい麗人を自分の夫としたいと、目の色を変えている者もいる。
女性だけではなく、ルルーシュは男性も虜にしてしまったらしく、欲を見せる目で見つめてくる輩が視界内にごろごろといた。もし男を好むなら、是非自分と。あるいは隙を見てどうにか二人きりになって・・・そんな下心がありありと見てとれるため、スザクは不愉快気に眉を寄せ、威嚇するように周囲を見回した。

「おいおいスザク、そんなに険しい顔をしては失礼だろう。私のように、どんと構えてこそ皇帝の騎士、殿下の護衛というものだ」

いつも通りの爽やかな笑顔でジノは耳打ちしてきた。
解っているが、ルルーシュが絡んでいる事ではスザクの心は驚くほど狭くなる。今すぐにでもこの取り囲む女性たちの群れからルルーシュを引き離したいが、それは許されない。早く時間が進んでくれないだろうかと、そればかり考えていた。
暫くすると、主宰であるこの館の主がのそのそと、巨体を揺らしながらやって来た。その後ろには綺麗に着飾った娘たち。身につけている物も、今までここにいる娘たちより、はるかに上質な物だと解る。

「殿下、私の娘たちにございます。さあさあ、お前たち。殿下に挨拶を。」

促され、気の強そうな娘たちが前へ進み出た。主催であり、この辺りで一番力のある貴族が来た事で、他の貴族たちはすごすごと引き下がった。それからは延々と娘自慢が始まり、娘たちが幼い頃の話から、今まで施してきた英才教育の話まで始めたあたりで、ジノでさえうんざりとした顔になっていた。湯水のように金をつぎ込んだ結果、自分の娘たちの右に出る者はいないと声高に言う姿は滑稽だった。

「殿下」

ダンスが得意だという長女が、笑顔で軽く会釈をし、手を差し出した。
それを合図に、音楽家たちは曲調を変えた。
耳慣れたこの曲にあたりは一瞬ざわめいたあと、人々は広間の端の方へ移動し、大広間の中央に広いスペースが出来た。明確に口にはしないが、1曲踊れと言う事だ。
踊るという事は、より近くに接するという事。
皇族に声をかけられるのは、ダンスに誘えるのは、この館の娘である自分だけなのだと周りに言っているようにも見え、スザクの眉間のしわはますます深く刻まれた。
そのとき、くつくつと笑う声が聞こえてきた。

「おかしなことを。先のテロで足を痛め杖をつき、今もこうして我が父の騎士たちの監視の下、この椅子に縛られているというのに、その私に立って、踊れと?」

くつくつと笑いながら言われる言葉に、娘も父親であるこの館の主も顔を青ざめさせた。杖をつき、ゆっくりと歩く姿を目にしていたし、足を痛めている話も事前に聞いていたが、ゆっくりと一曲踊るぐらい大丈夫だと思っていた、という顔だった。

「どう思う、枢木。この足で踊っても大丈夫だろうか?

ルルーシュがスザクに意見を求めたことなど今まで一度もない。
突然の事にスザクは驚いたが、すぐに表情を改めた。

「殿下、恐れながら申し上げます。今無理をなされれば、傷が悪化する恐れがあります」
「・・・だそうだ。皇帝の騎士でさえ許可しないと言っているが、さて、この屋敷の主であるお前の顔を立て、私は踊るべきだろうか?」

目を細め、冷たく笑うルルーシュは、この夜会の空気を凍らせた。

「そもそも、私を歓迎するための夜会と聞いていたが、私を利用し皇室に入ろうとする不愉快極まりない者たちの集会だったようだ。枢木」
「イエス・ユアハイネス」

スザクに向けて差し出された手を慌てて取った。
本当に疲れているのか、立ち上る姿もどこかおぼつかない。

「ヴァインベルグ、後は任せる」
「イエス・ユアハイネス」
「では、失礼する」

杖をつき、ゆっくりと歩くルルーシュに従い、スザクも大広間を後にした。
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